冬の旅 第24曲「ハーディ・ガーディ弾き」の楽器

第24曲「ハーディ・ガーディ弾き」は侘しい音楽です。

雪で凍りついた村の向こう側で、辻音楽師の老人が裸足で楽器を回しています。

聞く人はおらず、目をくれる人もおらず。

原題 ”Der Leiermann” の”Leier”ライアーを辞書で調べると古代ギリシアの「竪琴」か「ハーディ・ガーディ(ローラーを回して数本の弦を同時に擦奏する中世の楽器)」と出てきます。ハーディ・ガーディとは機械仕掛けのヴァイオリンで、ハンドルを回して演奏する楽器なのですね。この老人はライアーをつま弾くのではなく、回しているのでハーディ・ガーディなのでしょう。

梅津時比古によると、10世紀中ごろからヨーロッパのいたるところで演奏されたハーディ・ガーディは、2回大流行します。モーツァルトやハイドンもこの楽器のために作曲しており、教会や宮殿で弾かれていました。しかし簡単な操作で音が出るため、その後すたれて落ちぶれていきます。「冬の旅」での”Leier”ライアーは楽器を特定することによって弾き手が最下層の人であることを表している、ということです。

ライプチヒで 2017年3月7日

普通は町の中心部や人の往来のある場所に立って演奏されますが、「冬の旅」のハーディ・ガーディ弾きの老人は〈村の向こう側〉に立っています。村の共同体から外れています。

シューベルト「冬の旅」は、”よそ者としてやって来て”、”よそ者として去っていく” 社会から孤立した若者の疎外感がテーマの一つになっています。

この歌曲集の最後に、主人公はこの怪しい老人に声を掛けます。「この歌に合わせて、ハーディ・ガーディを回しながら一緒に行こうか」と。主人公の見つけたものが希望なのか絶望なのかはわかりません。

栃尾克樹さんと高橋悠治さんの演奏からは、絶望の中で世界を読み解き、新しく踏み出していく若者の姿が見えるようです。最後のピアノのフォルテにその決意を感じます。

ぜひ、ライブでお聴きいただきたいです。