対談(近藤×辻)エピローグ「波多野睦美 冬・パリへの旅」 旅のあとに、旅の支度を

「波多野睦美~冬・パリへの旅」は無事終演。コンサートの余韻にひたる近藤と辻によるエピローグをどうぞ。

前編後編はこちら

  • プーランクとオーリックによる戯曲『王妃マルゴ』をめぐって
  • 《ギターに寄す》の伴奏はギターではない?

K (近藤)  辻さん、お疲れさまでした。楽しい旅でしたね。

T (辻)  いやー、楽しかった。でも疲れた。……近藤さん、「冬の旅、時の旅」が終わってから、また対談するの?

K  スミマセン。(^^;)  今回の「冬の旅」でたどったルートを思い返していて、ちょっと気になったことがあるんです。たとえて言うと、「あの角をまがって、あの通りにも入ってみればよかった」とか、「もう少し時間があれば、あの美術館にも行けたかな」みたいな……。

T  うん、それはよくあるな、私も。

K  今回、プログラム解説を書かせていただいて、そこに書ききれなかったことを「対談」の形でここに載せていただいたわけですが、にもかかわらず素通りしてしまった場所があるんです。前半の曲目に、プーランクの歌曲《ギターに寄す》があったでしょう、ロンサールの詩で書かれた。

T  ああ、あの曲。四度の堆積と増音程の和音がくらくらするくらいカッコいい。たしかにギターだもんな、こういう調弦があるんかな、そう思って弾いてました。

K  カッコいいです。(^^)  でも、波多野さんも本番の舞台でおっしゃっていたけれど、16世紀に書かれたロンサールの詩に出てくる「ギター」と、いまの私たちの知っている「ギター」とは、同じではないでしょうね。さらに言うと、プーランクが曲をつけたときに、彼がどんな「ギター」を思い描いていたかも気になるところ。 

T  そうか。時代が違うんだものね。これ、たしかお芝居の挿入歌でしたよね。そのお芝居の舞台が16世紀で、ロンサールの時代。

K  そうです。エドゥアール・ブールデ (Edouard Bourdet 1887-1945) という人が書いた戯曲『王妃マルゴ』(La Reine Margot, 1935年) の上演のために書かれました。マルゴというのは、のちにフランス王アンリ四世の妃となるマルグリット・ド・ヴァロワ (1553-1615)。

https://www.regietheatrale.com/index/index/thematiques/auteurs/bourdet/edouard-bourdet-7.html

T  王妃マルゴって、よく知らないから漫画を読みました。萩尾望都さんの漫画。権力闘争と宗教問題と愛憎とが入り混じった、すごいストーリーでした。

K  萩尾望都さんが漫画にしているんですか! 私は『銀の三角』とか『ウは宇宙船のウ』とかが好きで……おっと、話が逸れてますね。(^^;)  ブールデの戯曲『王妃マルゴ』は二幕構成だったんですが、第一幕の音楽をプーランクが担当。第二幕の音楽を書いたのはジョルジュ・オーリック (Georges Auric 1899-1983) でした。

 

▲ ジョルジュ・オーリック

T  えっ、オーリックとの合作?

K  というか、二人で分担して書いたようです。オーリックもプーランクと同様、フランス六人組のメンバーのひとりで、プーランクとは仲がよくて、プーランクにとってはいい相談相手だったみたいです。プーランクは第一幕で歌われる挿入歌として《ギターに寄す》を作曲しましたが、オーリックは第二幕で歌われる挿入歌として《春》を書いています。これもロンサールの詩による歌曲ですが、フランス語で「春」はPrintemps 。面白いことに、『王妃マルゴ』の主演はイヴォンヌ・プランタン (Yvonne Printemps 1894-1977) だったんです。そこにひっかけたんでしょう。

T  イヴォンヌ・プランタン? あ、例の《愛の小道》の……。

K  そう。対談の後編でお話ししましたよね。ジャン・アヌイの戯曲『レオカディア』の中で歌われる挿入歌が《愛の小道》。これを劇中で歌ったのが主役のイヴォンヌ・プランタンだったわけですが、実はプーランクは《愛の小道》以前に、『王妃マルゴ』で、すでにイヴォンヌのために音楽を書いていたんです。イヴォンヌが《愛の小道》を歌った録音がありますが、プーランクの《ギターに寄す》も、オーリックの《春》も、イヴォンヌ自身による録音が残されています。

 

▲ プーランク 《ギターに寄す》
▲ オーリック 《春》

                

T  ……ってことは、前半のプーランク《ギターに寄す》と、後半のプーランク《愛の小道》は、実はつながっている?

K  ……と見ることもできます。前半は「過去への旅」。「雅なる宴」から17世紀、16世紀と時を遡る旅でした。後半はプーランクとともに20世紀を旅したわけですが、前半の《ギターに寄す》が後半への伏線になっている、と考えることもできるのではないかと。深読みかもしれませんが、ためしにここで、プログラムの全体をもう一度見てみましょうか。この2曲がプログラムの中に置かれている場所、シンメトリーみたいで面白いでしょう?

T  近藤さん、それ、早 [は] よ言うてくださいよ。本番の前に。(# ゚Д゚)

K  スミマセン。(^^;)  [あわてて話題を変える] ところで辻さんは、プーランクのピアノ曲《フランス組曲》(Suite française 1935) はご存じ?

T  《フランス組曲》? 知らない。よく弾かれる曲?

K  プーランクのピアノ曲の中では、わりとよく弾かれる曲だと思います。実はあの曲も、『王妃マルゴ』のために書かれた音楽です。正確に言うと、『王妃マルゴ』の上演のために書かれた劇音楽をもとに作曲されたものです。16世紀のフランスの作曲家クロード・ジェルヴェーズの作品をもとに書かれたもので、『王妃マルゴ』の舞台にふさわしい、なんとも古雅な音楽になっています。ピアノ独奏版のほか、小編成のアンサンブルのための版もあります。

T  けっこう好きかも。別の機会に、《フランス組曲》と《ギターに寄す》を組み合わせるのもいいですね。オーリックの《春》も。

K  今回、本番で《エディト・ピアフを讃えて》から《愛の小道》に切れ目なくつないだのは素敵でしたが、《フランス組曲》とロンサールの組み合わせも面白いでしょうね。

ただ、それはそれとして、私自身がいちばん気になっているのは……ほら、コンサートの中で波多野さんもおっしゃっていたでしょう、《ギターに寄す》の伴奏は「ハープかピアノ」。「ギターかピアノ」ではないんです、不思議なことに。

T  それ。私も気になる。ギターっぽい響きがするのに、伴奏はハープ。

K  どうしてハープなのか、はっきりした答えは今の私にはありません。ひょっとすると波多野さんがおっしゃっていた、ロンサールにとってのギターと、いまのギターとの違いも、この問題と関係しているかもしれません。また、『王妃マルゴ』の上演に際して使える楽器の種類と数が、あらかじめ決まっていた、ということもあるかもしれませんね。ただ、コンサートが終わってから、私はファリャの歌曲《コルドバを讃えるソネット》(Soneto a Córdoba) のことを思い出しました。

T  ファリャ (Manuel de Falla 1874-1944) って、スペインの作曲家ですよね。《恋は魔術師》とか《三角帽子》とか。《七つのスペイン民謡》は伴奏したことがあるな。

K  プーランクはファリャとは親交があり、《オーボエ、ファゴット、ピアノのための三重奏曲》(1926年) をファリャに献呈しています。

辻さんが挙げてくださったファリャの《恋は魔術師》や《三角帽子》は「いかにもスペイン」という感じの音楽ですね。それはアンダルシア地方の民俗音楽をベースにしているからなんですが、実はファリャは、第一次大戦後は新古典主義に舵を切るんです。

T  第一次大戦後が「夜明け」なんでしたね。[→対談の後編] ファリャもそうなんだ。

K  そう。大戦後、ファリャは、アルハンブラ宮殿とかフラメンコとかの「いかにもスペイン」という路線から、もっと渋い路線に転じました。それでランドフスカのために《ハープシコード協奏曲》を書いたりするわけですが、この時期に書かれたのが歌曲《コルドバを讃えるソネット》 (1927年) 。短い、なかなか渋い味わいの歌曲で、この曲の伴奏が「ハープまたはピアノ」なんです。この伴奏パートは16世紀のビウエラ奏者ルイス・ミランを想わせる、との意見もあります。そして、この詩を書いたルイス・デ・ゴンゴラ (Luis de Gongora 1561-1627) はスペインの大詩人で、16世紀の人。この比較、ちょっと面白いでしょう。

T  スペインか。ビウエラか。……うーん、前回もそう思ったけれど、パリへの旅は、パリだけで終わらないんだな。いろいろな時代と場所に道が通じてる。

K  そう。パリ自体が、きっとそんな街なんですよ。だから、この「冬の旅」を振り返ること、その思い出を語ることは、次の旅を思い描くことにも通じる。

T  なるほど。この「冬の旅」はひとまずおしまいだけれど、「時の旅」はまだまだ続く、と。

K  いろいろアイディアが膨らむでしょう。もう心の中では、次の旅の支度を始めていませんか、辻さんも、きっと波多野さんも。(^^)

そのためにも、よい年を迎えたいところですね。

T  そうですね。みなさんも、よい年をお迎えください。⛄

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